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【第四話】伊豆最古級トンネル!『旧三津坂隧道』

 松濤館のある三津浜から伊豆長岡に向かう道を静岡県道130号線(伊豆長岡三津線)といいます。この道はその昔、菖蒲御前(あやめごぜん、平安後期~鎌倉時代、源頼政の妻)が伊豆長岡から西浦に逃げる際に通った道といわれています。
 江戸時代になるとこの道は魚の運搬に使われました。三津は古来から漁業が盛んで、たくさんのマグロが水揚げされたそうです。氷室の氷を使い氷詰めにしたマグロは長岡までの山道を馬の背に載せて運ばれ、長岡からは馬車で江戸に運び込まれました。船よりずっと早く江戸に着くことができたといいます。
 この130号線の途中に三津坂隧道(みとさかずいどう)というトンネルがあります。暗く狭いトンネルですがこのトンネルは昭和36年にできた新しいもので、もっと狭くて小さい旧トンネル(旧三津坂隧道または長瀬隧道という)が旧道(三津坂古道)に残っています。
 旧三津坂隧道(全長約170m幅3.6m)は明治29年に建設されました。天城山隧道(旧天城トンネル)よりも8年も早く完成した伊豆半島でも最古級のトンネルです。工事に携わったのは地元の石匠である瀬川弥右衛門という人でした。昭和36年に新トンネルができるまでこのトンネルが生活道として使用されていたのです。天城山隧道といえば、川端康成の小説『伊豆の踊子』や、松本清張の小説『天城越え』で有名になり、国の重要文化財に指定されましたが、こちらの旧三津坂隧道は整備すらされておらず現在は廃れる一方となっています。しかしながら、旧三津坂隧道も井上靖の『しろばんば』や太宰治の『斜陽』に出てきます。
 『しろばんば』の主人公洪作少年は三津に住んでいた叔母をしばしば訪ねていました。その際に旧三津坂隧道を利用していました。トンネルを抜けて三津に下る時、そこから見える三津の街並みと青い空は日本で一番美しい風景だと記しています。実際はトンネルを出てすぐには美しい景色をみることはできません。たぶんもう少し山を下りたところの景色と思われます。
 今でもその叔母さんの家は三津に残っているそうです。