【第十二話】磯の鮑の片思い
貝の王様といえば、やはり『鮑(アワビ)』ですね。
当館でも鮑料理があります。鮑の刺身や酒蒸しと、静岡の銘酒『磯自慢』との相性は格別のものがありますので、よくおすすめしています。
『磯の鮑の片思い』という言葉があります。鮑は片貝(実は巻き貝の一種で貝殻が平たくなったもの)で片方が重いから『かたおもい』というとか……。これは我々がお客様に対して使うギャグです。本当の『磯の鮑の片思い』の由来は、正確にはわかっていません。有力とされているのは、『万葉集』巻十一に「伊勢の海女の 朝な夕なに 潜(かづ)くといふ 鮑の貝の 片思(かたもひ)にして」という短歌です。『私の恋は、伊勢の海女が、朝に夕方に潜って獲るという、鮑の貝のように片思いです』という意味です。
鮑には身の色の違いで俗にいう赤(白)と黒(青)があります。この違いが雌雄と言われているのですが、これは間違いで、実際は鮑の種類自体が違います。雌雄は外観での判別は通常できません。肝の色で判別します。雄は肝の色がクリーム色で、雌は緑色をしているのです。赤は黒に比べて殻が大きいのですが、殻の深さが浅いため身が薄く縮みやすい。そして食感も柔らかく味も優しいものとなっています。黒は貝殻が深く身も厚くしっかりとしていて味が濃厚です。
赤と黒の鮑を妊婦に食べさせると目のキラキラした子が生まれるという言い伝えがあります。その昔、漢方では鮑の貝殻(身のほうではありません)が目に良いとされていたようです。しかしながら現代の医学や現代の漢方では効果は認められていません。