【名誉唎酒師コラム1】唎酒師はお酒を当てられるのか?
当館所属の名誉唎酒師です。名誉唎酒師とは唎酒師が世界に4万人いる中で35人にのみに認められている称号です。私は最初に認められた23人のうちの一人でした。長きにわたり日本酒の普及活動に貢献したということが認められたものです。当館での勤務の他に中部地方におきまして日本酒講座を20年以上行っております。
本日のお題は、ソムリエがワインを飲んでブドウ品種やワインの産地などが当てられるように、『唎酒師も日本酒を飲んで同様に当てられるのか?』というお話です。
先に言ってしまいますが、答えは「いいえ」です。
アルコール発酵というのは酵母がブドウ糖を食べてアルコールに変えることです。ワインの原料はブドウです。ブドウ糖と言うくらいですからブドウにはたくさんブドウ糖が含まれています。ワインはブドウ果汁がそのまま発酵しただけですので、直接ブドウのニュアンスがワインに反映されます。
ところが日本酒の場合、米はブドウ糖ではなくデンプンです。デンプンをブドウ糖に変えるところから始めなくてはいけません。その役割は麹が行います。麹が作り出したブドウ糖を酵母が食べて日本酒ができあがります。ですので米のニュアンスが日本酒に反映しにくい……どころか、最近の研究では米の香りは酒にはほとんどないことが判明しました。白米、玄米、蒸した米、炊いた米の香りもほとんど存在しません。米の香りが無いのであれば米の品種を当てることは当然できません。
ほかにも当てられない理由があります。
ワインにはテロワールといわれるその土地の気候や土壌などの特徴がワインの特徴に反映します。日本酒はワインほどテロワールがはっきりしていません。というのも、米は必ず地元のものを使うわけではありませんし、酵母は日本醸造協会が頒布している協会酵母を使用することも多く、水さえも県外から運んでいる酒蔵もあります。
しかし、それでも地域性はなんとなく存在します。例えば新潟や富山のお酒はさっぱりとして辛口の酒、東北は香りが華やかでさらりとした酒、石川はどっしりしたコクのある酒というように、なんとなく傾向はあります。これは古来からその地方で親しまれてきた香味特性であり、伝統的にそのような造りが続けられているのです。しかしそれも完全に当てることはかなり難しいでしょう。
では、唎酒師は何が当てられるかというと、至極簡単にいえば、吟醸系かどうかや新酒か古酒かくらいでしょうか。比較すれば純米かアル添か、生酒か火入れか、原酒か加水かも分かります。
唎酒師は、極めて詳細な香味の判別ができ、その酒に適した提供温度などを熟知しており、お料理との相性を考えて、お客様の好みに合った酒を美味しく提供することが役割といえます。